浮世絵でアハ体験動画に挑戦してみた!
こんにちは。山種美術館特任研究員の三戸と申します。
突然ですが、皆さんはアハ体験(aha experience)動画をご覧になったことはありますか?
画像の一部が変化していくのに、じっと見ていてもなかなかわからず、いざ答えを知ると「こんなに変わっているのに何で気づかないんだろう?」と不思議になる動画です。
脳科学者の茂木健一郎さんがテレビ番組で紹介されていたのをご記憶の方もいらっしゃることと思います。
例えばこんな感じです。※動画には音声がついています
どこが変わったか、おわかりでしたか?
正解はこちらをご覧ください。
動画は当館が所蔵する浮世絵の画像を用いて作成しました。
作品は、歌川広重(うたがわひろしげ)の代表作《東海道五拾三次》のうち、「天下の険」とうたわれる東海道最大の難所、箱根の山道を舞台とした「箱根・湖水図」。
[歌川広重《東海道五拾三次之内 箱根・湖水図》山種美術館蔵]
山肌をモザイク状に表現した中央の山が印象的です。右下には急こう配の山道を下る大名行列が小さく表されています。
左側の開放的な空間に広がるのは芦ノ湖で、その先を遠く望めば、雪を抱いた白い富士山がうっすら見えます。動画ではこの富士山を派手なピンク色に変化させてみました。
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ところで、なぜこんな動画を作ったかというと、現在開催中の「山種美術館所蔵 浮世絵・江戸絵画名品選―写楽・北斎から琳派まで―」を一層楽しんでいただこうと企画した、あるイベントのためなんです。
題して、《アートテラー・とに~ × 太田記念美術館 × 山種美術館 「夏休み特別企画 どっちの東海道五十三次ショー」》!
《東海道五拾三次》全55図の中からおすすめの作品を選び、太田記念美術館の渡邉晃さんと当館の私とでプレゼン対決をするという企画です。
司会をつとめるのは、元吉本興業のお笑い芸人で、現在はアートテラーとして活躍されるとに~さん。
プレゼンの優劣を決めるジャッジは、かわいらしい2人のお子さん。お姉さんのリサちゃんと弟のソウタくんです。
古い時代の美術を子どもにわかりやすく、魅力的に解説するのはなかなか難しいものです。
しかも、対決相手の渡邉さんは浮世絵のスペシャリスト。私には専門外の分野なので、中身では勝負になりません。
そこで、苦肉の策として思いついたのが、まずはアハ体験動画で浮世絵をじっくり見てもらい、クイズを通じてお子さんの興味を引き出そうという奇策(?)でした。
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プレゼン対決は3番勝負で、さきほどの動画は2番目の対決で使用したもの。
最初の対決向けにと仕込んだのはこちらの動画です。よかったらチャレンジしてみてください。
お子さんにはわかりにくい変化だったようですが、皆さんはいかがでしたか?
答え合わせはこちらの動画でどうぞ。
正解は、頭の上の方の髪がなくなっていく、でした。
時代劇のかつらでよく知られているように、江戸時代の男性は頭頂部を剃っていました。この部分を「月代(さかやき)」と呼びます。
[【参考】『当世風俗通』より/出典:国立国会図書館デジタルコレクション]
上の本は江戸時代に刊行された若者向けの指南書で、当時流行していたヘアスタイルが掲載されています。結い方のアレンジはさまざまですが、月代を剃るのは共通しています。
このように頭頂部の髪を除く風習は中世にさかのぼるそうで、戦の際、兜の中が蒸れるため、頭頂部の髪を抜いたのが始まりなのだとか。
[【参考】冷泉為恭《武者図》(部分) 山種美術館蔵]
プレゼン対決では「お父さんが毎朝髭を剃っているように、江戸時代には現代とは違う身だしなみの習慣があったんだよ」といったことをお話ししていきました。
ちなみに、このプレゼンで紹介した浮世絵は《東海道五拾三次之内 関・本陣早立》です。
[歌川広重《東海道五拾三次之内 関・本陣早立》山種美術館蔵]
関宿は江戸の品川から数えて47番目の宿駅で、現在の三重県亀山市に位置します。
舞台は大名が宿泊する本陣。まだ夜も明けきらない早朝、出発の準備をしている様子が描かれています。
幕とちょうちんには揃いの家紋が入っていますが、どこの大名家のものかと思いきや、実は広重の父方の実家である田中家の「田」と「中」を組み合わせたものなんです。
また、画面左上の幕の内側には、文字が書かれた下げ札が見えます。
右から「泊」「休」といかにも宿らしい文字が並びますが、中ほどの2枚は様子が違っています。
実はこれ、当時の有名ブランドの広告で、「仙女香」は白粉、「美玄香」は白髪染めなんだそう。
浮世絵にはこんな宣伝コーナーも織り込まれていたんですね。
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3番目のプレゼン対決は、《東海道五拾三次》の最初を飾る「日本橋・朝之景」で勝負をかけました!
まずは動画をご覧ください。
アハ体験動画としてはこれが一番難易度が高いと思っていたのですが、お子さんは意外に早く気づいてくれました。
わからなかった方はこちらの動画をどうぞ。
正解は、2匹の犬が現れる、でした。
[歌川広重《東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景》山種美術館蔵]
この浮世絵の舞台は現在の東京・日本橋。今では都会のど真ん中に犬がうろつくなんて考えられませんが、江戸時代以前の物語絵や風俗画では、人々が暮らす町の中に犬の姿が描かれているのをよく見かけます。
プレゼン対決では、こうした犬をめぐる今と昔の違いに触れながら、さらなる奥の手でたたみかけました。
[【参考】歌川広重《東海道五拾三次之内 四日市》(隷書版)メトロポリタン美術館蔵]
広重は生涯で約20種類もの東海道シリーズを手がけました。当館が所蔵するのは最初に刊行されたもので、「保永堂版」と呼ばれますが、上の浮世絵は後に出された別バージョン。右上の題が隷書で書かれていることから「隷書版」「隷書東海道」と呼ばれます。
舞台になっているのは、東海道43番目の宿場町、四日市(現在の三重県四日市市)です。
保永堂版にももちろん四日市はありますが、図様は全く違っていて、こちらは四日市宿の中心を流れる三重川(現在の三滝川)を描いています。
[歌川広重《東海道五拾三次之内 四日市・三重川》山種美術館蔵]
一方の隷書版は、三重川から南に数キロ離れた場所にある日永の追分(ひながのおいわけ)が舞台です。
日永の追分は東海道と伊勢街道の分岐点にあたり、伊勢神宮への参拝、「お伊勢参り」をする人々は、ここから伊勢路へと入っていきました。
鳥居の下には1匹の白い犬がいます。
実はこの犬、単独でお伊勢参りをしているんです!
当時、お伊勢参りは皆の憧れでしたが、中には病気などの事情で夢がかなわない人もいました。そんな人たちの代わりに、犬がお伊勢参りをしたのだとか。
犬の前には食べ物を差し出す人がいます。このように、周囲の人々が導いたり世話をしてくれることで、犬は無事にお伊勢参りを果たせたのだそうです。
それこそ、現代では考えられないおとぎ話のようですが、江戸時代には実際にあったらしいです。びっくりですね!
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かくして、アハ体験動画に動物ネタを加え、恥ずかしながら必死の構えで勝負に臨んだ私。
対する渡邉さんは、豊富な知識だけでなく、とっておきの隠し球、太田記念美術館のキャラクターである「虎子石」を投入し、一気にお子さんの心をつかみます。
果たして、勝負の行方やいかに…。
3番勝負の模様は以下の3本の動画でご覧いただけます。お時間のあるときにぜひご覧ください。
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当館で開催中の「山種美術館所蔵 浮世絵・江戸絵画名品選―写楽・北斎から琳派まで―」。
現在は後期の展示を行っています(8月29日まで)。
今回の記事で取り上げた作品の中では、《東海道五拾三次之内 関・本陣早立》と《東海道五拾三次之内 四日市・三重川》が展示されています。
また、このたび、公式noteでオンライン展覧会を始めました!
出かけるのは無理だけれど展覧会は楽しみたいという方は、ぜひこちらをご利用ください。
オンライン展覧会はお得なセット販売もご用意しています。
夏休みも残りあと少しになりましたが、美術館で、あるいはおうちで、江戸時代のアートをゆっくりお楽しみいただければ幸いです。
文:三戸信惠(山種美術館 特任研究員)