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専門家が語る浮世絵の話は、とても興味深く、実に奥深い

山種美術館では、開館55周年を記念して「山種美術館所蔵 浮世絵・江戸絵画名品選―写楽・北斎から琳派まで―」を開催しました。
その関連イベントとして、7月17日にオンライン講演会を開催しました。

講師は国立歴史民俗博物館教授の大久保純一(おおくぼじゅんいち)先生。
浮世絵研究の最前線で活躍され、現在は町田市立国際版画美術館の館長もつとめていらっしゃいます。

大久保先生町田市立国際版画美術館

1.当館の浮世絵コレクションとの関わり

大久保先生が当館の浮世絵コレクションを初めて知ったのは、今から30年前のこと。
当館で1990(平成2)年に開催した「初公開 山種美術館所蔵 浮世絵の名品」をご覧になったのがきっかけでした。
ちなみに、当時の先生は東京国立博物館に勤務して2年目の“駆け出し”だったそうですよ。

それから20年後の2010(平成22)年、当館では「浮世絵入門」と題したコレクション展を開くことになりました。

浮世絵入門チラシ

その開催にあたり、監修をお願いしたのが大久保先生でした。
打ち合わせの際、先生は20年前に購入した図録を持参されたのですが、図録はボロボロになっていて、たくさんの書き込みがしてあったそうです。
昔から熱心に見てくださっていたのですね。

展覧会の開催に先立ち、先生はあらためて全点を調査され、図録へのご寄稿、講演会のご出演など、多大なご協力をいただきました。

以来、当館で浮世絵といえば大久保先生。
今回もオンライン講演会を実施するなら迷わず「先生にお願いしよう!」となったわけです。

2.当館のコレクションはどんな特色があるのか

当館の浮世絵コレクションは「粒より」という言葉がうってつけだと大久保先生はおっしゃいます。

浮世絵のコレクションは世界各地にあり、何千、何万と膨大な点数を所蔵するところも少なくありません。
当館の場合、浮世絵の総点数は約100点と決して多くはないのですが、初期の版画から幕末の風景画まで、幅広い時代をカバーしていて、それぞれの絵師の代表的な作品が含まれているんです。

さらに、先生が「うらやましいほど」とほめてくださるのが、作品の保存状態の良さ。
例えば、鈴木春信(すずきはるのぶ)の《梅の枝折り》は、世界中でもごくわずかな点数しか確認されていないようですが、当館の所蔵品はそのうちの1点で、やわらかな中間色も褪せることなく、ほぼ完全な状態で残っているそうです。

A0556 鈴木春信 梅の枝折り

[鈴木春信《梅の枝折り》山種美術館蔵]〔前期展示〕

作品の数が少ないという点でいうと、有名な東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)の場合、活躍期間はわずか10ヶ月と極端に短く、生涯に残した作品は百数十点にすぎません。
当然、現在の残存枚数も限られるわけで、所蔵点数は多くても写楽はゼロ、というケースもあるようですが、当館のコレクションは小規模ながらも写楽作品が3点も含まれています。
ひとつのコレクションに占める割合、つまり“写楽率”としては、相当高いのだそうです。

A0565 東洲斎写楽 三代目坂田半五郎の藤川水右衛門

[東洲斎写楽《三代目坂田半五郎の藤川水右衛門》山種美術館蔵]〔後期展示〕

今でこそ写楽の役者絵は大人気ですが、出版された当時はあまり人気がなかったのだとか。
役者はアイドルのような存在で、年を取っていても若々しく、実際よりも魅力的に、と絵師は役者を美化して描くのが普通でした。
でも、写楽は欠点も含めてありのままの姿を描き出したため、人気が出なかったのだそうです。

真の姿に迫る写楽の絵筆は、ヒール(悪役)を描くとき、あざやかな冴えを見せると大久保先生はいいます。
当館が所蔵する写楽作品3点のうち、2点は悪党を演じている役者を描いたもので、強欲さや憎々しさが実によく出ています。

A0564 東洲斎写楽 二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉

[東洲斎写楽《二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉》山種美術館蔵]〔後期展示〕

《二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉》は、金貸が借金の返済を迫る場面を取り上げたもの。
たしかに、泣いてすがっても聞く耳を持たず、お金を受け取るまでテコでも動かなさそうな雰囲気が感じられますね!

3.《東海道五拾三次》が1枚多い⁈

当館の浮世絵コレクションの中で最も多いのが歌川広重(うたがわひろしげ)の作品です。
今回の講演会でも、大久保先生は広重についてのお話に一番時間を割いておられました。
特にじっくり紹介されたのが、広重の代表作である保永堂版《東海道五拾三次》です。

A0554_01 歌川広重 東海道五十三次 日本橋 朝之景(1200dpi)1

[歌川広重《東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景》山種美術館蔵]〔前期展示〕

保永堂版《東海道五拾三次》は、江戸の日本橋に始まり、品川から大津までの53の宿場、および終着点である京都の三条大橋まで、計55枚からなるシリーズ。

ところが、当館が所蔵するセットは全部で56枚を数えます。
それは、「東海道五十三駅続画」という題字を記した1枚が含まれているからなんです。

A0554_00 歌川広重 東海道五拾三次之内 番外

[歌川広重《東海道五拾三次 扉》山種美術館蔵]〔前期展示〕

浮世絵のシリーズ物は、セットで一度に出されたわけではないらしく、《東海道五拾三次》も55枚すべてを出版し終えるまでに数年かかったとか。

刊行が完結すると、全部をまとめ、本の形に装丁して売り出すことがありました。
その際に扉(表紙を開いて最初に出てくるページ)や序文、目次などが付けられたようです。

しかし、せっかく本で売り出されたものでも、人の手から手にわたり、古美術市場で流通するうち、大抵はバラバラにされてしまいます。
後世のコレクターは、単体で売られている1枚1枚をあちこちで買い求め、やっとシリーズを揃えることも少なくないのだそうです。

当館のセットの場合、よく見ると虫食いの跡があるのですが、それがどの絵もほぼ同じ個所にあることから、相当昔からセットの状態で伝わってきたことは間違いありません。
しかも、題字を表した扉が一緒であることも考えあわせると、江戸時代に揃いで売り出され、そのままセットで残ったものではないか、と先生はおっしゃいます。

ちなみに、当館のセットのように扉まで一緒に残っている例は、世界中を見ても非常に少ないのだそうです。

4.大久保先生流《東海道五拾三次》の見方

当館の保永堂版《東海道五拾三次》の特徴として、大久保先生が指摘されるのは、「初摺(しょずり)」と判断されるものが多い点です。

浮世絵は出版物なので、ヒットすれば増刷がかかります。
最初に摺られたものは「初摺」、増し摺りされたものは「後摺(あとずり/のちずり)」と呼ばれています。

「初摺」の段階では、絵師が摺り上がりを細部まで吟味した上で、世に出されました。
しかし、人気が出て何度も増し摺りされると、絵師の目は行き届かなくなり、「初摺」のデリケートな部分が失われていくのだそうです。

例えば、「品川・日之出」と題された図で、当館のものとシカゴ美術館に所蔵されるものとを比べてみましょう。
向かって左側、この図のテーマである日の出の表され方に注目してみてください。

A0554_02 歌川広重 東海道五拾三次之内 品川 日之出

[歌川広重《東海道五拾三次 品川・日之出》山種美術館蔵]〔前期展示〕

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[歌川広重《東海道五拾三次 品川・日之出》シカゴ美術館蔵 The Art Institute of Chicago.]

クローズアップしてみると…

日出比較

[右上:山種美術館蔵  左下:シカゴ美術館蔵]

一見すると、左下のシカゴ美術館の方が、朝焼けがはっきりして華やかに見えますが、肝心の朝日がどこにもありません。
かたや、右上の当館の方をよくよく見ると、左端に停泊する船の帆柱の間から、わずかに太陽が出てきているのがわかりますでしょうか!

なぜこんなふうに変わったのでしょう。
先生いわく、ごく小さく日の出を表す方法では、手がかかる割に画面の効果が薄かったのではないかとのこと。
朝日が小さく摺られている例は、国内では当館を含め2例しか知られていないそうで、「展示室ではぜひこの日の出を拝んでいただければ(笑)」とおっしゃっていました。

講演会では、こうした「初摺」と「後摺」の違いはもちろん、構図や主題表現など、さまざまな角度から、《東海道五拾三次》各図の分析を展開されました。

55枚の中には有名な図とそうでない図がありますが、普段あまり注目されない図の見どころもわかりやすく解説してくださり、大久保先生ならではの視点を通じて、新たな発見や気づきを得ることができました。

大久保先生、どうもありがとうございました!

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大久保純一先生のプロフィール

20210717 大久保先生オンライン講演会02スクエア

1959年徳島県生まれ。1984年東京大学大学院美術史学専攻修士課程修了。
現在、国立歴史民俗博物館教授、町田市立国際版画美術館館長。
主な著書に『広重と浮世絵風景画』(東京大学出版会、2007年)、『カラー版 浮世絵』(岩波新書、2008年)、『カラー版 北斎』(岩波新書、2012年)、『浮世絵出版論―大量生産・消費される“美術”』(吉川弘文館、2013年)などがある。

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大久保先生の講演会は終了しましたが、現在は録画した動画のアーカイブ配信にてご視聴いただけます。
詳しくはこちらをご覧ください▽↓▽↓


また、先生のエッセイと作品解説が収録された「山種コレクション 浮世絵名品集」はオンラインショップでご購入いただけます。

ご利用をお待ちしております。


文:三戸信惠(山種美術館 特任研究員)






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山種美術館
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